絆
昨年ほど、いろいろな意味で「絆」という言葉の意味を考えさせられた年はありませんでした。
夫婦・親子といった家族の絆、地域の自治会やマンションの管理組合等を通しての住民の絆ばかりか、今や学校ばかりか職場いじめという言葉まで生まれている共同体の絆すら希薄になってきています。
懐古的になっているわけではないのですが、思えば昭和という時代には、良いも悪いも「絆」はかろうじて残っていました。
しかし、安らかにあれと名付けた平成以降のバブル崩壊に始まり、名ばかりの構造改革、そして、あらゆる場でのグローバル化の負の遺産は、世界的な規模で生じた、貧富の格差の深まりです。
その結果、権利を主張するが、責任を取ろうとしない人の増加に、「絆」を失くした人の心の孤独を感じます。
大晦日のニュースで見た、日比谷公園での、炊き出し部隊の方々に、「絆」復活の兆しを感じたのは私だけでしょうか?
夫婦・親子といった家族の絆、地域の自治会やマンションの管理組合等を通しての住民の絆ばかりか、今や学校ばかりか職場いじめという言葉まで生まれている共同体の絆すら希薄になってきています。
懐古的になっているわけではないのですが、思えば昭和という時代には、良いも悪いも「絆」はかろうじて残っていました。
しかし、安らかにあれと名付けた平成以降のバブル崩壊に始まり、名ばかりの構造改革、そして、あらゆる場でのグローバル化の負の遺産は、世界的な規模で生じた、貧富の格差の深まりです。
その結果、権利を主張するが、責任を取ろうとしない人の増加に、「絆」を失くした人の心の孤独を感じます。
大晦日のニュースで見た、日比谷公園での、炊き出し部隊の方々に、「絆」復活の兆しを感じたのは私だけでしょうか?












